スーパーに並ぶ野菜や果物、毎日の食卓に並ぶご飯。これらが将来、当たり前に食べられなくなるかもしれない―。そんな危機感から生まれた日本の新たな国家戦略が「みどりの食糧システム戦略」です。
「環境に良いこと?」となんとなくイメージできても、具体的に何を目指し、私たちの生活にどう関係するのかを知る人はまだ多くありません。
この記事では、農林水産省が掲げるこの重要施策について、背景から具体的な目標、そして私たち消費者が知っておくべきポイントまで、わかりやすく紐解いていきます。
まず、この戦略が生まれた背景にある「食と農の危機」について理解しましょう。なぜ、国を挙げてシステムを変えなければならないのでしょうか。理由は大きく分けて2つあります。
近年、毎年のように起こる豪雨災害や猛暑。これらは農業に甚大な被害を与えています。しかし一方で、農業そのものも環境に負荷をかけているという事実があります。 トラクターなどの燃料(化石燃料)によるCO2排出、化学肥料や農薬の使用による土壌や水質への影響、生物多様性の低下などが課題となっています。
「食料を作るために環境を壊してはならない」というSDGs(持続可能な開発目標)の考え方が、世界のスタンダードになっているのです。
日本の農業従事者は急速に高齢化しており、後継者不足が深刻です。今までのやり方(重労働で経験と勘に頼る農業)のままでは、日本の食料生産力を維持することが難しくなっています。 「もっと少ない人数で、もっと効率的に、しかも環境に優しく」生産できる仕組みを作らなければ、私たちの食料自給率はさらに下がってしまう恐れがあります。
「環境問題」と「人手不足」、この2つの壁を乗り越え、将来にわたっておいしいご飯を食べ続けられるようにするための長期的な計画が「みどりの食糧システム戦略」です。
(参考:https://www.maff.go.jp/hokkaido/midori/attach/pdf/top-1.pdf) この戦略は、2021年5月に農林水産省によって策定されました。 「食料・農林水産業の生産力向上と、持続可能性(サステナビリティ)の両立を、イノベーション(技術革新)で実現する」というものです。
これまでは「環境を守ろうとすると、手間がかかって収穫量が減る=儲からない」、「収穫量を増やそうとすると、農薬や化学肥料に頼らざるを得ない=環境に悪い」というトレードオフの関係にありました。
この戦略のすごいところは、「最新技術を使って、環境も守るし、生産性も上げる」と宣言した点にあります。無理や我慢ではなく、技術の力で解決しようという前向きなアプローチなのです。
この戦略には、2050年までに達成すべき具体的な数値目標(KPI)が設定されています。特に重要なのが以下の4つです。これらは非常に高いハードルですが、達成すれば日本の農業は劇的に変わります。
2050年までに、農林水産業における化石燃料燃焼由来のCO2排出量を実質ゼロにする。
ビニールハウスの暖房やトラクターの燃料を、石油から電気や水素、バイオマスなどの再生可能エネルギーに切り替えます。全ての農業機械が電動化される未来を目指します。
2050年までに、リスク換算で化学農薬の使用量を50%減らす。
AIが病気や虫を検知して「必要な場所だけ」にピンポイントで農薬を撒く技術や、農薬を使わずに光や音で虫を防除する新技術を導入します。
農薬は病害虫を防ぐために必要ですが、使いすぎは生態系に影響します。
2050年までに、輸入原料や化石燃料を原料とする化学肥料の使用量を30%減らす。
土壌の状態をセンサーで分析し、最適な量だけ肥料を与える技術や、下水汚泥などの国内資源を肥料としてリサイクルする仕組みを強化します。
化学肥料の原料(リンやカリウム)は海外からの輸入に依存しており、価格高騰のリスクがあります。また、過剰な施肥は地下水汚染などの原因になります。
2050年までに、耕地面積に占める有機農業の取組面積を25%(約100万ヘクタール)に拡大する。
手間がかかる除草作業をロボットに任せたり、病気に強い品種を開発したりして、誰でも取り組みやすい有機農業へと転換させます。
これが最もインパクトのある目標です。現在の日本の有機農業面積はわずか0.5%程度。 これを50倍にするという、まさに野心的な目標です。

「農薬を減らせ」「有機農業を増やせ」と精神論で農家に迫るわけではありません。この戦略の肝は「スマート農業」をはじめとする技術革新です。
無人で畑を耕したり、草を刈ったりするロボットが普及すれば、人手不足を解消しつつ、有機農業のハードルである「除草の手間」を減らせます。
ドローンが空から畑を撮影し、AIが「あそこの葉色が悪い」「あそこに虫がいる」と判断。必要な箇所にだけピンポイントで対処することで、資材のムダを極限まで減らします。
暑さに強いお米、病気にかかりにくい野菜などを開発することで、農薬に頼らない栽培が可能になります。
AIを使って需要を予測し、作りすぎや売れ残りを防ぎます。
土に還る素材(生分解性プラスチック)を使った包装資材の開発・普及を進めます。
高層ビルにも使えるような木材(CLT)の利用を促進し、街の中に炭素を固定します。
農業の現場にいる方々にとって、この戦略はどう影響するのでしょうか。
「環境に配慮した農産物」としての付加価値がつき、高く売れる可能性があります。輸出においても、環境基準の厳しい欧米市場で有利になります。
化学肥料や農薬の購入量が減れば、経営コストを下げられます。
自動化技術が進めば、キツイ農作業から解放され、経営やマーケティングに時間を割けるようになります。
スマート農業機器や新しい設備の導入には多額の費用がかかります。中小規模の農家がどう導入していくかが課題です。
新しい技術や有機農業のノウハウを新たに学ぶ必要があります。
移行期には一時的に収穫量が落ちたり、管理の手間が増えたりするリスクがあります。
政府はこれらの課題に対し、補助金や税制優遇、技術指導などのサポート体制(「みどり投資促進税制」など)を整え始めています。

「みどりの食糧システム戦略」は、農家だけの話ではありません。私たち消費者の「選び方」が変わらなければ、この戦略は成功しないのです。
今後、スーパーには「有機野菜」や「環境負荷の低い商品」が増えていくでしょう。これまでは少し高価で特別な売り場にあったものが、より身近になります。
環境に配慮して作られた農産物は、これまでの慣行栽培のものより、形が不揃いだったり、値段が少し高かったりするかもしれません。 その時、私たちが「安さや見た目」だけで選ぶのではなく、「環境への優しさ」を価値として選ぶ(買う)ことができるかが問われます。これを「エシカル消費(倫理的な消費)」と呼びます。
消費者が理解して購入することで、農家は安心して環境に良い農業を続けられます。私たちが「食べる」ことは、そのまま「未来の農業を応援する」ことにつながるのです。
「みどりの食糧システム戦略」は、気候変動や農業の担い手不足といった深刻な課題を背景に、日本の“食の未来”を守るために作られた国家戦略です。農薬や肥料を減らしつつ生産性を維持し、農林水産業におけるCO2ゼロを目指すなど、2050年に向けた具体的な数値目標を掲げています。その実現のカギとなるのが、AI・ロボット・ドローン・ゲノム編集といった最先端技術を活用したイノベーションです。
この取り組みは農家だけで完結するものではありません。生産者の労働負担軽減やコスト削減といったメリットがある一方、新技術の導入や初期費用などの課題もあり、行政による支援と社会全体での理解が欠かせません。そして何より重要なのは、私たち消費者が「環境にやさしい商品を選ぶ」という行動を通じて、この変革を後押しすることです。
みどりの食糧システム戦略は、将来も安心しておいしい食材が食卓に並ぶために、環境負荷を減らしながら持続可能な食と農を実現する大きな一歩となる取り組みなのです。
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